漢方専門医 西本隆先生のコラム漢方待合室からKANPO COLUMN
痛みと漢方
一口に「痛み」と言っても、その原因や病態はさまざまです。皮膚を針で刺したり転んで怪我をしたりした際の痛みを「体性痛」、胃潰瘍や胆石症などの痛みを「内臓痛」と言い、これらは「侵害受容性疼痛」に分類されます。多くは急性の痛みであり、皮膚、骨、内臓などの組織や臓器が傷つけられたり圧迫されたり炎症を起こした場合の局所的な痛みを脳が感じたものです。
一方、痛みを伝える神経自体が直接損傷を受けて起こる痛みを、「神経障害性疼痛」と言います。帯状疱疹後の神経痛やさまざまな要因による坐骨神経痛、がんの浸潤による痛みがこれに相当します。
これらの痛みに対する薬物治療としては、前者はロキソニン®などの非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDS)が主に用いられますが、頑固な内臓痛にはオピオイドという医療用麻薬が用いられることもあります。
また、後者に対してはプレガバリン(リリカ®)などの神経障害性疼痛治療薬が用いられることが多くなっています。その他、鎮痛補助薬として、抗うつ薬や血管拡張薬、筋緊張弛緩薬などを用いることもありますし、内服以外では、ステロイドや局所麻酔薬を疼痛の原因となる部位に注射をする方法もおこなわれています。
それでは、漢方では、痛みに対してどのように対処するのでしょうか?
漢方では、「不通則痛」と言う言葉があります。「通じざればすなわち痛む」という意味ですが、本来順調に流れているべきである、「気」「血」「水」といった生理的物質が何らかの原因によって流れにくくなる(=不通)ことで、痛みが起こると考えるのです。
「気」の流れが悪くなって痛んでいる場合(原因不明の肋間神経痛などがこれにあたります)は、柴胡(さいこ)や陳皮(ちんぴ)、枳実(きじつ)などの「理気剤」を用いて治療します。「四逆散(しぎゃくさん)」という処方がその代表です。
「水」の巡りが悪くなって起こる痛みの一つに、天気痛といわれる、雨が降る前日や低気圧や台風が近づいたときに起こる頭痛があります。この場合は、茯苓(ぶくりょう)・猪苓(ちょれい)・防已(ぼうい)などの「利水剤」を含む「五苓散(ごれいさん)」を用います。また、膝に水がたまって痛むときには「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」が用いられます。
「血」の巡りが悪くなって起こる痛みには、当帰(とうき)・川芎(せんきゅう)・香附子(こうぶし)・延胡索(えんごさく)などの「活血薬」を用います。「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」などが代表処方です。また、血の滞りが強い時には、「牡丹皮(ぼたんぴ)」「桃仁(とうにん)」「紅花(こうか)」などの駆瘀血剤を用いることもあります。「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)」「通導散(つうどうさん)」などの処方が有名です。
さらにもうひとつ、「気血水」の流れを悪くする大きな要因があります。それが「冷え」です。よく、夏にクーラーの風が直接体にあたって、神経痛を起こしたり頭痛を起こしたりすることがありますね。また、膝や腰の痛みがお風呂であたためるとすっと引いていく、ということも経験された方は多いのではないでしょうか。温かい状態では流れているものが、冷えると流れが悪くなる、というのは容易に想像がつくことでもあり、痛みの治療において、「冷えを改善する(温める)」ことは欠かすことができない条件なのです。実は、この、「温める」治療法こそ、漢方の非常に得意とするところです。
具体的には、生姜(しょうきょう)・乾姜(かんきょう)などや、桂皮(けいひ)(シナモン)、細辛(さいしん)、附子(ぶし)などの「温裏剤」を用います。さらに、これらの生薬と前述の当帰・川芎などを組み合わせることで、さらに血流を改善し、痛みを緩和する作用が強くなるのです。もちろん、生姜や桂皮などを食事や飲み物としてとることも冷え対策としては効果的ですね。
西本隆先生のプロフィール
【専門医】
- 日本東洋医学会 漢方専門医 指導医
- 日本内科学会 認定内科医
【役職】
- 医療法人岐黄会西本クリニック 理事長・院長
- 神戸大学医学部非常勤講師
- 関西医科大学非常勤講師
- 日本東洋医学会代議員・同兵庫県部会会長
- 日本中医学会理事
- 兵庫県臨床漢方医会理事
- 国際薬膳食育学会理事・講師