漢方専門医 西本隆先生のコラム漢方待合室からKANPO COLUMN

男もつらいよ
中高年男性の不調についての傾向と対策

はじめに

漫画「サザエさん」のお父さん、磯野波平さんは54歳の設定です。1950年代、会社員の定年は55歳、男性の平均死亡時年齢は60歳代前半でしたので、あと1年で定年を迎える波平さんは、娘夫婦や孫に囲まれ、趣味の囲碁、盆栽、釣りなどを楽しみながら残り数年間の余命を全うする人生です。それから半世紀経った今、日本人男性の死亡時年齢は87歳が最大値となり、波平さんの時代よりなんと25年間も長く生きることになりました。会社員の定年も60歳~65歳に延長されたものの、多くの人たちが、さまざまな問題を抱えながら長い老後を過ごすことになるのです。
そこで今回は、中高年の男性の「こころ」と「からだ」について考えてみたいと思います。

2千年以上の昔から

漢方医学の最も古い書籍として有名な「黄帝内経」は、紀元前2世紀ごろに中国で作られた本ですが、この本の最初に、女性は7の倍数で、男性は8の倍数で成長し、年老いていく、という一文があります。すなわち、
8歳で腎気が実し歯が永久歯に生え変わる。
16歳で精通を迎える。
24歳で筋骨が強くなる。
32歳でもっとも体力が充実する。
40歳で脱毛や歯のトラブルが生じ始める。
48歳で衰えが見え始め白髪が生じる。
56歳で肝気*が衰え体がいうことを聞かなくなる。そして腎の貯え**が少なくなり生殖能力が枯渇する。
64歳で歯や髪が抜けやすくなり、以後、徐々にすべての臓器が衰え、体が重く、歩行も困難になる。

注)

*肝気が衰えるとイライラして怒りっぽくなったり、憂鬱な気持ちになりやすい。
**腎の貯えが少ないと生殖能力が低下し、免疫力の低下や骨の老化を招く。

と書かれているのですが、「これは2千年以上も前の話だろ、我々はもっと若々しく毎日を楽しんでいるよ」と思われる方もあるかもしれませんね。しかし、「黄帝内経」では女性のエイジングについても書かれていて、そこには、女性は7の倍数で年を重ねる、14歳で初潮を迎え、49歳で閉経する、と書かれているので、男性だけ現代は違うのだ、という理屈にはなりませんね。

LOH症候群について

では、なぜ、男性は50歳代以降、イライラして怒りっぽくなったり、抑うつ感を覚えたり、疲労感が強くなったりするのでしょう。漢方の世界では、「肝気が衰える」「腎気が枯渇する」というような言い方をしていますが、実はこれには西洋医学的な裏付けがあるのです。
「男性ホルモン」のことをアンドロゲンと呼びますが、アンドロゲンには、テストステロン、ジヒドロテストステロン(DHT)ジヒドロエピアンドロステロン(DHEA-S)などがあります。アンドロゲンは、人体のさまざまな臓器に働きかけ、性欲の亢進、筋力の維持、骨の成長、毛髪の育成と頭禿、攻撃的性格の維持、赤血球産生刺激、などの作用をもたらしますが、20歳以降、加齢とともに徐々に減少することが知られています。その結果、表1に示したような様々な症状や徴候が現れることが報告されており、血中アンドロゲンの低下によりおこるこれらの症状を、LOH症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)と呼ぶようになったのです。

(表1)アンドロゲン低下による症状
  1. 性欲と勃起能の低下、とりわけ夜間睡眠時勃起の減退などの性機能低下
  2. 知的活動、認知力、見当識の低下および疲労感、抑うつ、短気などに伴う気分変調などの精神不安定状態
  3. 睡眠障害
  4. 筋肉量と筋力の低下
  5. 内臓脂肪の増加
  6. 体毛と皮膚の変化
  7. 骨減少症と骨粗鬆に伴う骨塩量の低下と骨折リスクの増加

「加齢男性性腺機能低下症候群診療の手引き:じほう」より 

LOH症候群の診断と治療

診断:

LOH症候群はアンドロゲンの低下によるものなので、まずは代表的なアンドロゲンであるテストステロンを測定します。特に体内で作用を持つ遊離型テストステロンが一般的に測定されます。また、泌尿器科的には勃起障害の診断や、精神科的にうつ病でないかどうかの診断も必要になります。また、LOH症候群を疑う際の、問診票も用いられることがあります。

治療:

LOH症候群と診断された場合、遊離型テストステロン値が一定以下の場合は、アンドロゲン補充療法(ART)が行われます。ARTで用いられる男性ホルモン剤には、注射薬、経口薬、塗り薬、皮下埋め込み薬などがあり、主に泌尿器科医が治療を担当します。ARTの副作用としては、前立腺肥大症、心血管障害、多血症、肝障害などがあり、特に、前立腺がんや中等度以上の前立腺肥大症がある場合、夜間睡眠時無呼吸症候群、多血症、重度の高血圧症や心臓病などがある場合は治療の適応にはなりません。

男性更年期障害とは

いわゆる「男性更年期障害」とは、中高年の男性で、表2のような症状をきたす場合に一般的に呼ばれる名称ですが、図1のように、うつ病やLOH症候群と重なった部分もあり、正確な診断が必要になります。

表2
  1. 男性更年期障害の症状
    精神心理症状
    落胆、抑うつ、いら立ち、不安、神経過敏、生気消失、疲労感
  2. 身体症状
    骨・関節・筋肉関連症状
    発汗、ほてり
    睡眠障害
    記憶・集中力の低下
    肉体的消耗感
  3. 性機能関連症状
    性欲低下、勃起障害、射精感の減退

「加齢男性性腺機能低下症候群診療の手引き:じほう」より 

図1

なぜ男性更年期障害が起こるのか 傾向と対策

図1からもわかるように、男性更年期障害には、アンドロゲンの低下やうつ症状が関係している場合がありますが、それ以外にも重要なファクターがいくつかあります。
これまで常に上向き志向で頑張ってきたのが、50歳を過ぎて役職定年や早期退職の勧告など、職場での立ち位置が変化してくるのに加えて、現在の収入が維持できない、将来の年金の不安など経済的な問題が生じてくるのがこの年代です。また、家のローンや子供たちの養育に加えて、両親の介護の問題も生じてきます。自分自身の肉体の衰えに加えてこのような様々なストレスがのしかかってくる、まさに、「男もつらいよ」と言いたくなる時期なのです。もちろん、女性だって同じように、いや、それ以上に「つらい」状態なのは重々承知ですが・・・・・
では、我々はどうしたらよいのでしょう。
男性更年期障害の症状がつらいと感じるようになったら、まずは、医師に相談してください。
そして、うつ病にかかっていないか、あるいは、LOH症候群ではないかを診断してもらいましょう。うつ病の場合は、適切な精神科的治療が必要です。また、遊離テストステロン値の低いLOH症候群でARTの適応がある場合は、泌尿器科で治療を受けることもよいかと思います。
それでは、うつ病でもない、LOH症候群でもない、男性更年期障害の場合はどうしたらよいか。
まずは、生活習慣の見直しです。睡眠時間はちゃんと確保していますか? 睡眠時間は7時間が理想と言われています。(もちろん多少の個人差はありますが)それより少なすぎても多すぎても体内のホルモンバランスが崩れ、肥満や老化の原因になるのです。
バランスのよい食事をとっていますか? お米やパン、スイーツなど、糖質の摂りすぎは、いわゆるメタボにつながります。中高年のメタボリック症候群、糖尿病などは、男性更年期障害との関連が強いと言われています。
そして一番大事なのは「運動」です。
これまでテストステロンは精巣のみで作られると考えられてきましたが、最近の研究では、
筋肉でアンドロゲンが産生されることが証明され、さらには、運動が脳での男性ホルモン合成を促進することがわかってきました。
また、運動には、脳由来神経栄養因子(BDNF)という、いわゆる「やる気物質」の分泌を促進する作用のあることも報告されています。
まさに、運動は、男性更年期障害に対する「最強の対策」であると言えます。

漢方と男性更年期

最後になりましたが、私の専門である漢方医学からみた男性更年期障害についてお話します。
「黄帝内経」のところでも一部ご紹介したように、漢方には「五臓」という概念があります。
五臓とは、心・肺・脾・肝・腎の五つの臓器を指しますが、その中でも、男性更年期障害には、「肝」と「腎」が大きく関係しています。
「肝」とは、気を疏泄し、血(栄養分)を貯える作用がありますので、「肝」の働きが悪くなると、気の流れが悪くなり、イライラしやすい、気が沈みがちになる、手足がだるく
筋力が低下する、などの症状がおこります。また、「腎」は生殖、エイジングに関連し、脳の思考力を保ち骨を形成する作用があるので、「腎」が衰えると、性機能が低下し、睡眠障害や認知力の低下、骨粗しょう症などが生じるのです。
それ以外にも「心」は精神機能を、「肺」は呼吸機能を、「脾」は消化吸収機能を指していますが、加齢とともに、「五臓皆衰える」すなわち、「心」「肺」「脾」の機能も衰えてくるのです。
これら五臓の衰えに対しては、補薬と呼ばれる生薬が用いられます。
代表的なものとしては、補肝薬として 枸杞子 (くこし) 芍薬 (しゃくやく) など、補腎薬として、 (さん) (やく) 黄精 (おうせい) () (ちゅう) 淫羊藿 (いんようかく) (やく) () (にん) 、補脾補肺薬としては 高麗 (こうらい) 人参 (にんじん) が有名です。また、 反鼻 (はんび) という動物生薬なども用いられてきました。
漢方専門医はこれらの生薬を患者さん一人一人の体質、症状に応じて処方するのですが、私自身、特に男性更年期においては、高麗人参、枸杞子、山薬、淫羊藿などの有効性を実感しています。
これまで誰もが経験したことのない超高齢化社会を生きることになる我々、「男もつらいよ」
なんて言っている場合ではありませんね。男性更年期障害に対しても「傾向と対策」をしっかりおこない、いつまでも元気でいきたいものですね。

参考文献・図書
  1. ANTI-AGING MEDICINE 2016 Vol.12 No3
  2. 加齢男性性腺機能低下症候群診療の手引き:じほう
  3. 脳由来神経栄養因子(BDNF)の役割と運動の影響  健康科学. 31, PP.49-59 2009
  4. 日本Men’s Health学会 News Letter Vol.13 March 2015
  5. 塚本泰司ほか:ホルモンと臨床 49:793,2001

西本隆先生のプロフィール

【専門医】

  • 日本東洋医学会 漢方専門医 指導医
  • 日本内科学会 認定内科医

【役職】

  • 医療法人岐黄会西本クリニック 理事長・院長
  • 神戸大学医学部非常勤講師
  • 関西医科大学非常勤講師
  • 日本東洋医学会代議員・同兵庫県部会会長
  • 日本中医学会理事
  • 兵庫県臨床漢方医会理事
  • 国際薬膳食育学会理事・講師